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可能性理論について(後編)


サモナーの皆さん、おはこんばんにちわ。


 

※この記事を読む前に可能性理論について(前編)をご覧になることを強く推奨します。リンク→https://www.cheers777-lol.com/post/%E5%8F%82%E8%80%83%E6%96%87%E7%8C%AE%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%81%91%E6%96%B9

 

前回の記事では3つのキーワードをご説明しました。


IFの世界線

分岐点

結果論


これらのキーワードを要所要所で用いて可能性理論について分かりやすくご説明出来たらなと思います。


 

~可能性理論~


「序章」エゴ


LOL最上位勢のすべてのサモナーを足しても実は、全体の5%にも満たないという事はご存知でしょうか?残りは単純計算で95%、つまり上位勢は少数派なんですよね。何を定義したいのかと言いますと、普段プレイしていて周りから聞かないような「常識の範囲外」の事を言われた時に、秒でその意見を却下するのではなく、きちんとその情報と真摯に向き合い、精査する方が建設的という事です。「ガリレオ・ガリレイ」という物理学者も最初は批判こそされましたが、実際蓋を開けてみたら正しかったですよね。意外と少数派の意見は新たな時代の幕開けの予兆だったりします。そして、よくその他の95%の人間様が「敵の大将の首討ち取ったり!」みたいなドヤ顔して正論振りかざして来ますが、世の中正論だけとは限りません。実社会でもそうですよね、有能な人間はごく少数。某掲示板サイトの創設者H氏も「それって貴方の感想ですよね?」という言葉を使っておられましたが、これあながち冗談でも何でもないんですよね。世の中の凡人で暴論を振りかざして生きているような人間には効果抜群です。全ての地球上に存在する人間が天才になる必要はないけれども、天才や先駆者がこの世界には「少数」だが存在するということを認識し、その人達から学ぶ姿勢というのは常に持つ。そして、新しい意見に対してオープンなマインドで接すれば社会ってより発展していくと思うんですよね。まあ、それを邪魔してくるのが人間の「エゴ」というやつなんですけれども。


 

「一章」ヘイコウセカイ




LOLに限ることではありませんが、この世界には「平行世界」というものが存在し人間一人一人が選んだ選択によって社会というものが形成されています。LOLというタイトルはその「選択」というものが明確に勝敗という形で現れる、近年でも稀にみる「特異」なゲームになっています。もしもの世界線、IFの世界線はゲームが始まった瞬間から分岐していきます。そして分岐点と呼ばれる一つのポイントに達したときに「優劣」という形で私たちプレイヤーに目に見える(目視できる)形で過去に自らが選択してきた、その行いが正しかったのかの是非が明らかになります。もう一つ説明を付け足すなら、分岐点に達するまで自らが選んできたそれぞれの選択肢(分岐)が正しかったのかは分かりません。よくサモナー同士のプレイ後の会話で「あー、ここはこうすれば勝てたかも」という後悔の念から出る言葉がありますがそれは「結果論」に過ぎず、例えその別の選択肢を選んでいたとしてもまた別の「分岐点」が出現するだけですので、どう頑張っても「いたちごっこ」になってしまうのは避けられません。そして、残念ながらこのLOLというゲームでは必勝法というものが存在しない関係上、その「いたちごっこ」の無限ループから抜け出すことは不可能なのです。


 

「二章」ハンダン×ケツダン



LOLでは各分岐で「判断と決断」を迫られます。低レートと高レートのプレイヤーの最大の違いは、「分岐の正解率」です。先ほどの章で申し上げた通り、「いたちごっこ」を避ける事はできませんが限りなく正解のルートに近づけるMOVEは可能です。限りなく正解に近いルートとは何か?「それは正解のルートを常に残しておく」です。少し難しい言い方をしてしまいましたね。一段階分かり易い言い方をすると「限りなく他の選択肢を消さない動き」です。例えば、スタートの分岐の数が100あったとします。それがゲーム終了時には「1」(WIN or LOSE) になります。そして、その他の99のルートは貴方が選ばなかったルートです。ただここで気を付けてほしいのが99のルートを「選べなかった」ではなく「選ばなかった」にしなければいけません。段々と分かってきましたか?そうです、貴方を待ち構える分岐は貴方の選択次第で100からいきなり「50」程度まで低下してしまう事がありえます。そしてもしかしたらその消えてしまった「49」の中に楽に勝つルートがあったかもしれないのです。貴方は常に幅広い選択肢が残る選択を勝つためにし続けなければならないのです。理想論はゲーム終了時までに「選択肢100」を維持することです。


 

「三章」シンジル=チカラ



「自分を信じないやつなんかに、努力する価値はない!」ガイ先生もこう言っておられます。とにかく信じましょう、「自らが選んだ道」が正しかったという事を。分岐点がいつどういった形で訪れるかは神のみぞ知ります。つまり、ゲーム中であってもゲーム後であってもそのゲームの正解のルートは「極論」誰にも分からないのです。何故ならゲーム中に起こることは、ほとんどが結果論であるためです。最上位プレイヤーの方々に「なんでココはこういったプレイしたんですか?」と聞いても90%近いプレイヤーが「なんとなく、直感」と回答します。上手いプレイヤーほど「直感」でプレイします。ですがここでリアルをお伝えしましょう。最上位勢の「直感」ほど正解のルートに近いものはありません。なぜなら彼らはそのレートに達するまで何千何万という修羅場を潜り抜け、第二章で触れた「正解のルートを限りなく残す」事に長けているからです。彼らはそれと同時に「自らの直感を信じる」事に全てのステータスを振っているといっても過言ではありません。彼らは同じシチュエーションが訪れたとき何度でも同じ行動をします。なぜならそれが「正解だと直感で信じているから。」そしてもし仮にその選択の結果、分岐点で「劣勢」を強いられたとしてもその「結果」は「結果論」だと言い張り、絶対に己の「非」を認めません。凡人の方々から見たら「往生際が悪い」と映るかもしれません。しかし、この場でそれに一石を投じますと、彼らの「傲慢さ」は時に「強さ」になります。「信じる」というパワーは無限大の可能性を秘めています。自らが選んだ選択肢でさえも「信じて」突き進めないプレイヤーに「勝利」という名の「分岐点」は絶対に訪れません。もし訪れたとしたらそれはただの神の気まぐれに過ぎず、貴方自身が勝ち取ったものではありません。それほどまでに己が選んだ選択肢の勝利への「可能性」を信じることが極めて重要なGAMEなのです。


 

「最終章」カノウセイ&リロン



「可能性」とは何でしょうか?辞書から抜粋しますと、「事柄や事件について、それが起こるか起こらないかが未確定である状態。」だそうです。ここでのキーワードは未確定。全ての事象には未確定である場合、必ず現状不利の状況を打破できる「術(すべ)」というものが存在します。それを人々は「可能性」と呼びます。つまり、LOLというゲームは、試合が始まってから終わるまで「未確定」の状態が続き、常に「可能性」に満ち溢れているという事が言えます。そして先ほどの第2章と矛盾することを申し上げますと、そこで触れた100の選択肢の話で、あえて「100の選択肢をゲーム中に10まで削る行為」を実際に行ったとします。そうしますと、外から見た場合「悪手」と映りますが、もしもその「悪手」が大いなる勝利への「可能性」を秘めているとしたら・・・

ネテロ会長の実際の死因とネフェルピトーが吹き飛ばされたのは、「直接的」には関係のない事なのかもしれません。ですが、この世には「0(ゼロ)」が存在しません。バタフライエフェクトという言葉がある通り、小さな現象でも大きなモノに発展することはあり得ます。それは「可能性」とは言えないでしょうか?ネフェルピトーは「王」を助けたい一心から咄嗟にネテロ会長に飛び込みますが、それは「悪手」と言われ遠くへ飛ばされてしまいました。ここで注目してほしいのがネフェルピトーは「咄嗟(とっさ)」に判断を下したという点です。LOLに置いてはゲーム中に即座に判断を下さなければいけない場面がほとんどです。つまり「咄嗟」の出来事なのです。


目的 ネテロ会長を止める

過程 悪手

結果 ネテロ会長死亡


これは、本当に関係性が皆無なのでしょうか?実際に止めたのは「王」本人です。しかし、「可能性」の観点からすると、ネフェルピトーが「咄嗟」に突っ込んだ事に対して「無意味だった」と言い切れるのでしょうか?否。この世界の全ての事象はつながっており、バタフライエフェクトは日常的に起きている。何故なら、この世界はまだ「未確定」であり終わってなどいない。大いなる可能性に満ち溢れているのだから。「なにをお前はこの記事を通じて言いたいのか?」と思う方もいらっしゃると思うので簡潔に例を交えて申し上げます。


 

例① 味方jgボット赤バフスタート

   

味方BOT&SUP、ハードリーシュ → 結果、レーンにつくのが遅くなりレベル2先行を取られ一生押し込まれてレーン不利を背負う(悪手)


味方jgはハードリーシュのお陰で敵jgよりフルクリアのスピードが4秒早い。 トップでの戦闘 → 味方jgの方がフルクリアのスピードが速いため敵jgより圧倒的に早く寄れる


トップでダブルキル発生 → 味方は2キル獲得

 

例② 味方ADCvs敵ゼド&マルファイト


味方ADCフラッシュないが堂々とミッドのど真ん中でファームをする → ゼド、マルファイトのフルコン食らい死亡 (悪手)


その30秒後のドラゴンファイト → 敵のゼド&マルファイト主要スキルがないため参加不可 ドラゴン獲得、ファイトで味方1キルゲット


 

上記の例2つ、見覚えがないでしょうか?何千試合もやってきた猛者なら一度は見たことがある光景、勿論これだけにとどまらずこのような事例は後を絶ちません。ただ、1つ疑問を投げかけるとしたらそれらの「悪手」は本当に「BAD」なのか?ということです。全ての選択肢は試合が終わるまで何かしらの形で繋がっています。そして、バタフライエフェクトも例①で起こりました。リーシュという小さな出来事からトップでのダブルキルまで発展しました。


「悪手」とはなんなのか?私はこの疑問にこのように返します。


「悪手とは等しく選択肢を減らす行為、しかしどんなに選択肢が減ったとしても可能性の大きさは変わらない。」


「可能性」はゲームが始まってから終わるまでずっと「最大値の100」のままです。例え残りの選択肢が1になったとしてもです。そのゲームが終わるまで可能性の芽は消えません。そして1人のプレイヤーが作り出した「悪手」を「好手」に変えれるのは、またそのゲームにいる1人のプレイヤーなのです。

 

現在、LOLでは新規プレイヤー増加と比例して「にわかプレイヤー」が増えています。例①をした場合、ボットレーンは時間の問題で負けるでしょう。「悪手」を選択した為、ボットで「勝つ」という選択肢が減ったのです。しかし「可能性」を捨てたわけではありませんし、「可能性」は常に一定です。TOPとJGが育っていつかBOTを助けてくれるという少数派の選択肢に賭けたのです。自らを犠牲にして味方が有利な状況を作り上げたのです。それを蔑ろにしまいと、TOPとJGは最大限自らが育った後に犠牲になってくれたBOTレーンを助けなければならないのです。そして助けるという選択をしたとき、自ずとそれが「分岐点」となりえるかもしれません。誰にもわかりません、ただ全員が育つ試合など基本的に稀です。誰かが誰かの為に犠牲になっている試合が殆どです。誰が犠牲になっているのか、分かりにくい試合も勿論存在します。しかしだからこそ、全国のLOLサモナーの皆さん、味方に優しくあってください。貴方が育ってキャリーしているという事は、反対に「悪手」を選択してしまった味方がいるかも知れないという事を忘れないでください。間違っても例①のゲームに実際に遭遇したとして、「なんでうちのBOTレーンはいつも負けてるのw?」等、口に出さないでください。リソースをもらった人間がキャリーするのです。そして自らのリソースを献上した人たちに優しく接してあげてください。そう世界はあるべきなのです。決して自らの為だけに力を使わないください。それを忘れずにプレイしていたら自ずと、「可能性」という大いなる力が貴方を鼓舞し、貴方の背中を「勝利の女神」が後押ししてくれる事でしょう。この「可能性理論」を一人でも多くの方に理解してもらえる日が来ることを願っています。それでは、サモナーズリフトでお会いしましょう!


 

「ファイティン!」


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